復興の味覚紀行

潮風と土が育む、復興の味覚 愛媛宇和島さつま物語

Tags: 宇和島, さつま汁, 郷土料理, 復興, 愛媛, レシピ, 地域文化, 平成30年7月豪雨

海と大地の恵み、宇和島の食文化に宿る復興への祈り

愛媛県の南西部に位置する宇和島市は、リアス式海岸が続く豊かな海と、柑橘畑が広がるなだらかな丘陵に囲まれた美しい地域です。この地で古くから愛されてきた郷土料理に「さつま汁」、あるいは単に「さつま」と呼ばれる汁物があります。焼いた魚の身と麦味噌をすり鉢ですり合わせ、出汁でのばしてご飯にかける独特のスタイルを持つこの料理は、宇和島の人々の暮らしに深く根差してきました。

このさつま汁が、近年、単なる郷土料理としてだけでなく、地域の「復興の味覚」としても特別な意味合いを持つようになっています。平成30年7月豪雨は、この宇和島市、特に沿岸部の吉田町に甚大な被害をもたらしました。多くの家屋が失われ、基幹産業である柑橘農業や養殖業も壊滅的な打撃を受けました。その困難な時期を経て、地域の人々が立ち上がり、復興への道を歩む中で、このさつま汁がどのように彼らの心の拠り所となり、コミュニティを繋ぐ役割を果たしてきたのか、その物語を探ります。

宇和島さつまに刻まれた、災害からの再生の歴史

宇和島のさつま汁の起源は諸説ありますが、漁師たちが船上で手軽に栄養を摂るために考案された、あるいは江戸時代に薩摩藩から伝わったといった説があります。いずれにしても、新鮮な魚が豊富に手に入り、麦味噌造りが盛んだったこの地で自然に生まれた食文化と言えるでしょう。日常の食卓はもちろん、農作業や漁作業の合間、あるいは祝いの席など、様々な場面でさつま汁は食されてきました。

平成30年7月豪雨の後、地域のインフラは寸断され、多くの人々が避難生活を余儀なくされました。食料の供給もままならない状況の中、ボランティアや支援者が持ち込んだ物資の中に、地元の食材や加工品がありました。その中で、改めて宇和島の味としてさつま汁が注目されることになります。被災した人々にとって、見慣れたさつま汁の味は、故郷を、そして失われた日常を思い出させるものでした。

地元の料理店や有志によって、炊き出しとしてさつま汁が提供されることもありました。熱いご飯にかけられた温かいさつま汁は、冷えた体を温めるだけでなく、不安な心を癒し、人々に希望を与えたと言います。食卓を囲み、さつま汁を共にすることで、地域の人々は互いを励まし合い、繋がりを確認し、復興への決意を新たにしました。さつま汁は、単なる空腹を満たす食事ではなく、故郷の味、絆の味として、この困難な時期を乗り越えるための大切な支えとなったのです。復興が進む現在も、さつま汁は地域のイベントや集まりで振る舞われることが多く、過去の苦難と、そこから立ち上がった人々の強さを象徴する味として受け継がれています。

宇和島さつま汁の魅力と、自宅で再現するレシピ

宇和島のさつま汁は、焼いた魚の香ばしさ、麦味噌のまろやかな甘みと香り、そして薬味の爽やかな風味が一体となった奥深い味わいが特徴です。冷やして食されることの多い福岡県の「あつめし」や鹿児島の「冷や汁」とは異なり、宇和島のさつま汁は温かいご飯にかけて、熱々をいただくのが一般的です。

宇和島さつま汁 レシピ

ここでは、読者の皆様がご自宅で宇和島の味を再現できるよう、基本的なレシピをご紹介します。

材料(2〜3人分):

作り方:

  1. 魚を焼く: 魚は鱗と内臓を取り除き、塩(分量外)を軽く振ります。魚焼きグリルやフライパンで、皮目が香ばしくなるまでしっかりと焼きます。
  2. 身をほぐす: 焼いた魚の粗熱が取れたら、皮と骨を取り除き、身を細かくほぐします。
  3. すり合わせる: すり鉢にほぐした魚の身、麦味噌、煎りごまを入れます。すりこ木で、魚の身が味噌と馴染むように、なめらかになるまですり合わせます。完全にペースト状にする必要はありませんが、ある程度魚の繊維が残るくらいが食感も楽しめます。
  4. 出汁でのばす: 温めた出汁を少量ずつ加えながら、すり鉢の中身をのばしていきます。一度にたくさん加えず、濃度を見ながら調整してください。目安は、ご飯にかけてサラサラといただけるくらいの濃度です。
  5. 仕上げ: すり鉢でなめらかになった汁を鍋に移し、沸騰させないように弱火で温めます。味を見て、必要であれば味噌で調整します。
  6. 盛り付け: 温かいご飯を丼によそい、上から温かいさつま汁をたっぷりとかけます。薬味(青ねぎ、生姜、みかんの皮)を散らして完成です。

調理のコツと美味しく仕上げる工夫

食材の入手方法と現地情報

さつま汁に使用される主要な食材である魚は、お近くの鮮魚店やスーパーで新鮮な白身魚を選んでください。宇和島産の魚が手に入れば理想的ですが、難しい場合は国産の新鮮なものを選びましょう。

麦味噌は、近年では全国のスーパーでも手に入りやすくなりましたが、もし可能であれば、宇和島をはじめとする愛媛県南予地方の地元の麦味噌を取り寄せてみることをお勧めします。オンラインストアで「愛媛 麦味噌」「宇和島 麦味噌」などのキーワードで検索すると、いくつかの製造元や販売店を見つけることができます。地元の味噌を使うことで、より本格的な宇和島の味に近づけることができます。薬味の柑橘皮は、ご自宅でみかんを召し上がる際に皮を干しておいたり、すりおろして少量加えると良いでしょう。

宇和島市を訪れる機会があれば、ぜひ現地で本場のさつま汁を味わってみてください。市内の多くの和食店や郷土料理店で提供されています。「道の駅 みなとオアシスうわじま きさいや広場」のような地域の特産品が揃う場所の食事処でも提供されていることがあります。また、漁港近くの直売所や市場では新鮮な魚介類や地元の味噌などが手に入ります。宇和島市内には、復興のシンボルとして再建された場所や、地域の歴史を伝える施設も多くあります。さつま汁を味わいながら、この地の風土と人々の営み、そして復興への力強い歩みに触れてみてはいかがでしょうか。

宇和島市や周辺地域では、年間を通じて様々な食関連のイベントや祭りが行われることがあります。春には柑橘の花が咲き誇り、秋には収穫祭が催されるなど、四季折々の恵みを味わえるイベントが開催される可能性があります。訪れる前に、観光協会のウェブサイトなどで最新のイベント情報を確認されることをお勧めします。

潮風と土の香りが織りなす情景

湯気の立つご飯に、温かいさつま汁をかけた瞬間、焼いた魚と麦味噌の香ばしくも優しい香りがふわりと立ち込めます。丁寧にすり合わされた魚の身は、とろりとした味噌と一体になり、口に含むと麦味噌のまろやかな甘みと魚の旨味が広がります。そこに、薬味のネギの爽やかさ、生姜のピリリとした刺激、そしてもしあればみかんの皮のほのかな香りが加わり、単調ではない奥深い味わいを生み出します。

それは、海からの潮風と、太陽の光を浴びて育つ柑橘畑の土の香りが混じり合う、宇和島独特の風景を彷彿とさせる味わいです。賑やかな漁港、段々畑に実るみかん、そしてそこで暮らす人々の笑顔。豪雨災害からの苦難を乗り越え、再びこの地で食卓を囲む人々の温もり。さつま汁の一 spoonful には、そうした宇和島の風土と歴史、そして復興への願いが込められているように感じられます。

復興を紡ぐ一杯のさつま汁

愛媛県宇和島市の郷土料理、さつま汁は、単に美味しいだけでなく、この地域の歴史、風土、そして人々が困難な災害から立ち上がり、未来へと歩む過程を静かに見守ってきた存在です。焼いた魚と麦味噌が生み出す素朴ながらも深い味わいは、宇和島の人々にとって、故郷の温もりであり、失われた日常を思い起こさせる一方で、復興への力を与える源でもありました。

この一杯のさつま汁を通して、宇和島という地域の魅力や、逆境に立ち向かう人々の強さを感じていただけたなら幸いです。ご自宅でレシピを参考に宇和島の味を再現してみるのも良いでしょう。あるいは、ぜひ現地を訪れて、潮風を感じながら本場のさつま汁を味わってみてください。それはきっと、宇和島の海と大地、そして人々の温かさに触れる特別な体験となるはずです。この復興の味覚が、未来永劫、宇和島で紡がれていくことを願っております。