能登の地に根差す、復興の滋味 かぶら寿し物語
能登の冬の恵み、かぶら寿しに込められた復興の想い
石川県能登地域に古くから伝わる保存食、「かぶら寿し」。厳しく長い冬を乗り越えるための知恵として生まれたこの発酵食品は、今、能登半島地震からの復興という新たな文脈の中で、特別な意味を持つようになりました。単なる郷土料理の枠を超え、地域の絆、人々の営み、そして未来への希望を象徴する「復興の味覚」として、改めてその価値が見直されています。この記事では、能登のかぶら寿しがどのように育まれ、復興の過程でどのような役割を担っているのか、その深い物語を探ります。
厳しい風土が育んだ保存食文化と復興への道のり
能登地域は、日本海に突き出た半島であり、冬は雪深く、長い期間にわたり厳しい気候に見舞われます。このような風土の中で、人々は収穫した野菜や魚を無駄にせず、保存するための様々な知恵を生み出してきました。かぶら寿しも、その一つです。冬に旬を迎える蕪と、同じく冬に獲れる鰤を、米麹を使って発酵させることで、長期保存を可能にしました。各家庭で代々受け継がれてきたかぶら寿し作りは、単なる食料保存の技術ではなく、家族が集まり、地域の食文化を次世代に伝える大切な行事でした。
能登半島地震は、この地域の暮らしと文化に甚大な被害をもたらしました。多くの家屋が倒壊し、避難生活を余儀なくされ、地域の生業は一時停止を余儀なくされました。しかし、厳しい状況の中でも、人々は助け合い、ふるさとの復興に向けて歩みを進めています。食の分野においても、地震によって製造施設が被害を受けたり、材料の入手が困難になったりといった課題に直面しましたが、それでもかぶら寿しを作り続ける、あるいは再開するという動きが見られます。これは、単に伝統を守るというだけでなく、「いつもの味」を取り戻すことが、復興への大きな一歩であり、人々の心の支えとなることを知っているからです。かつて厳しい冬を乗り越えるための知恵であったかぶら寿しは、今、厳しい災害を乗り越え、未来へ繋がる復興のシンボルとなりつつあります。
鰤と蕪、麹が織りなす独特の味わい
かぶら寿しは、聖護院蕪のような大きな蕪を厚く輪切りにし、塩漬けにした鰤の薄切り、そして細かく切った人参などを挟み、米麹、米飯、塩、砂糖などを混ぜ合わせた「床」に漬け込んで発酵させたものです。数週間かけてじっくりと発酵させることで、蕪のシャキシャキとした食感と、鰤の旨味、そして米麹由来の甘み、酸味、そして複雑な発酵香が一体となった、独特の風味豊かな味わいが生まれます。一切れ口に含むと、発酵によるまろやかな酸味の後に、鰤の濃厚な旨味と蕪の爽やかな風味が広がり、奥深い滋味が感じられます。冬の食卓に欠かせない一品であり、お茶請けとしても、酒の肴としても愛されています。
自宅で作る かぶら寿し レシピ
能登の伝統的なかぶら寿しを、ご家庭でも再現してみましょう。
材料:
- 蕪(大ぶりなもの): 1kg
- 塩(蕪の塩漬け用): 蕪の重量の3.5%程度 (35g)
- 塩漬け鰤(市販または自家製): 300g
- 人参: 1本
- 米麹(乾燥麹): 300g
- 米飯(冷や飯): 200g
- 塩(麹床用): 25g
- 砂糖: 100g
- 酢: 大さじ1
- 唐辛子輪切り: お好みで少量
作り方:
- 蕪はきれいに洗い、厚めに皮をむきます。厚さ1.5cm程度の輪切り、または好みの大きさに切ります。
- 切った蕪に塩(蕪の塩漬け用)を丁寧にまぶし、清潔な容器に入れます。蕪の倍程度の重さの重石をし、一晩から二晩置きます。蕪から水分(アク)がしっかり出ます。
- 水分が上がったら、蕪をザルにあけて軽く絞り、水気を切ります。この水抜きが、仕上がりの風味と食感に影響します。
- 塩漬け鰤は、薄い塩水に3~4時間漬けて余分な塩分を抜き、キッチンペーパーなどで水気をしっかりと拭き取ります。骨があれば取り除き、薄切り(3mm程度)にします。
- 人参は皮をむき、千切りにします。
- 大きなボウルに米麹、冷や飯、塩(麹床用)、砂糖、酢を入れ、米麹の塊をほぐしながら手で丁寧によく混ぜ合わせます。
- 清潔な漬物容器に、6の麹床を底に少量敷き詰めます。その上に蕪、鰤、人参、唐辛子(お好みで)を交互に重ねるように詰めていきます。隙間ができないように詰めると良いでしょう。
- 最後に残った麹床で全体を覆うようにかぶせます。
- 表面を平らにならし、落とし蓋をして、蕪の重量の半分程度の重石をします。
- 暖かい場所(20℃前後が目安)に1~3日置き、発酵を促します。プツプツと泡が出てきたり、甘酸っぱい香りがしてくれば発酵が進んでいます。
- 発酵が進んだら、冷蔵庫に移します。冷蔵庫で1週間から数週間熟成させれば完成です。日を追うごとに味が馴染み、風味が増していきます。
美味しく仕上げるためのコツ:
- 蕪の塩漬けと水抜き: ここでしっかりと水抜きをすることで、蕪の苦味や青臭さが抑えられ、食感も良くなります。重石はケチらずしっかり使いましょう。
- 鰤の塩抜き: 鰤の塩分が強すぎると塩辛くなり、抜きすぎると風味が損なわれます。味見をしながら調整してください。
- 麹床の混ぜ方: 米麹と米飯、調味料を均一に混ぜることで、発酵がムラなく進みます。
- 漬け込み温度と期間: 発酵は温度に大きく左右されます。夏場など暑い時期は発酵が早く進みすぎるため、冬場の寒い時期に作るのが伝統的です。冷蔵庫での熟成期間で好みの酸味と風味に調整してください。
食材の入手方法と現地情報
かぶら寿しの主要な材料である蕪、人参、米飯、塩、砂糖、酢は一般的なスーパーマーケットで入手可能です。鰤は塩漬けされたものが一部の鮮魚店や地域によってはスーパーでも手に入りますが、生鰤を自分で塩漬けして使うこともできます。米麹は乾燥麹が一般的で、スーパーの乾物コーナーや製菓・製パン材料店、あるいはオンラインストアで容易に入手できます。
現地、能登地域では、冬になると多くの漬物店や農産物直売所で自家製のかぶら寿しが販売されます。お店ごとに蕪の切り方や麹床の配合、熟成期間などが異なり、それぞれの家庭や店の個性が味わえるのが魅力です。
- 推奨される飲食店・販売店: 能登半島には、かぶら寿しを製造・販売する老舗の漬物店が点在しています。また、地域の食料品店や道の駅などでも、地元で作られたかぶら寿しを見つけることができる場合があります。一部の飲食店では、冬の季節限定メニューとして提供されることもあります。具体的な店舗名は変動するため、最新の情報は地域の観光情報サイトや食関連のポータルサイトでご確認ください。
- 体験施設: かぶら寿し作りは家庭で受け継がれてきた側面が強いですが、近年は地域の食文化を体験できる施設やイベントで、かぶら寿し作り教室が開催されることもあります。このような体験を通じて、能登の人々の暮らしや知恵に触れるのも素晴らしい機会となるでしょう。
能登の冬景色と、かぶら寿しのある食卓
雪が降り積もり、あたり一面が静寂に包まれる能登の冬。そんな厳しい季節だからこそ、家の中で暖かく、家族や友人と食卓を囲む時間が何よりも大切になります。かぶら寿しは、そんな冬の食卓に彩りと深い味わいをもたらしてくれる存在です。白く肉厚な蕪と、オレンジ色の鰤、人参の切り口が織りなす断面は美しく、食欲をそそります。一口噛みしめるたびに広がる複雑な風味は、厳しい冬の寒さを忘れさせてくれるような温かさと、能登の大地の恵みを感じさせてくれます。
このかぶら寿しがある食卓には、昔ながらの囲炉裏端を囲む家族の笑顔や、ご近所同士で漬物樽を囲みながら仕込みをする賑やかな声が聞こえてくるようです。能登半島地震からの復興が進む今、この伝統的な味を再び食卓に乗せられる喜びはひとしおであり、その味を通して、地域の絆や未来への希望を再確認しているのかもしれません。
未来へ繋ぐ、能登の滋味
能登のかぶら寿しは、単なる地域の保存食ではなく、能登の厳しい自然の中で育まれた人々の知恵と、家族や地域コミュニティの強い絆を象徴する食文化です。能登半島地震という未曽有の災害に見舞われた今、このかぶら寿しが再び作られ、食卓に並ぶことは、地域の復興を象徴する大切な営みの一つとなっています。
ぜひ、この「復興の味覚」である能登のかぶら寿しを、ご家庭で手作りしてみたり、能登を訪れた際には現地で味わってみてください。その奥深い味わいを通して、能登の豊かな自然、そして困難を乗り越えようと力強く生きる人々の温かい心を感じていただけることと存じます。