能登半島と共に、未来へ醸す 魚醤いしるが紡ぐ復興の味
能登半島に息づく「復興の雫」、魚醤いしる
石川県の能登半島は、豊かな自然と独特の文化が息づく土地です。この地で古くから受け継がれてきた伝統的な調味料に「いしる」があります。魚介類を発酵させて作る魚醤であり、潮の香りと濃厚な旨味が特徴です。
いしるは単なる調味料に留まらず、能登の食文化の根幹をなし、人々の暮らしと深く結びついてきました。近年、この地域は自然災害による困難に直面しましたが、いしるは地域の味として、また復興への希望として、その存在感を改めて示しています。能登の海と大地が育んだいしるが、どのように地域の復興を支え、未来へと紡がれているのか。その物語を探ります。
潮の香りに宿る、歴史と絆
いしるの製造は、能登の海岸部、特に奥能登地域で古くから行われてきました。新鮮なイワシやイカなどを原料に、塩を加えてじっくりと発酵・熟成させる伝統的な製法で作られます。この製法は、地域の漁業と密接に関わりながら受け継がれてきました。能登の厳しい冬や、保存がきかない魚を有効活用するための知恵として生まれたとも言われています。
いしるが地域の人々にとって特別な意味を持つのは、単に美味しい調味料だからというだけではありません。それは故郷の味であり、家族や地域との絆を深める存在です。いしるを使った郷土料理を囲む食卓は、人々の心を繋ぎ、困難な時であっても希望を見出す場となってきました。特に近年発生した能登半島地震では、多くのいしる蔵が被害を受け、製造が一時的に困難となりました。しかし、地域の製造元は互いに助け合い、全国からの支援も得ながら、伝統の味を守り抜こうと尽力しています。このいしるを守り、再び醸し出す営みそのものが、地域の復興への強い意志の表れと言えるでしょう。
能登の味覚を自宅で再現 いしるを使った簡単レシピ
いしるは様々な料理に少量加えるだけで、奥深い旨味と風味が生まれます。ここでは、ご家庭でも手軽に作れるいしるを使ったレシピをご紹介します。
基本のいしるを使った野菜炒め
いしるの風味をシンプルに味わえる一品です。
材料（2人分）:
- お好みの野菜（キャベツ、玉ねぎ、ピーマン、きのこなど）: 300g程度
- 豚肉または鶏肉（お好みで）: 100g
- いしる: 大さじ1〜2
- 醤油: 小さじ1（いしるの塩分によって調整）
- みりん: 小さじ1
- おろし生姜: 小さじ1/2
- ごま油: 大さじ1
- サラダ油: 大さじ1
作り方:
- 野菜は食べやすい大きさに切ります。肉は一口大に切ります。
- フライパンにサラダ油とごま油を熱し、おろし生姜を加えて香りを出し、肉を炒めます。
- 肉の色が変わったら、火の通りにくい野菜から加えて炒めます。
- 野菜がしんなりしてきたら、いしる、醤油、みりんを加えて全体に絡めるように手早く炒め合わせます。
- 味を見て、塩味が足りなければいしるか醤油で調整し、火を止めます。
調理のコツ:
- いしるは風味が飛びやすいため、加熱しすぎないよう、仕上げに加えるのがおすすめです。
- いしる自体にしっかりとした塩分と旨味があるため、他の調味料は控えめにします。最初は少量から加えて、味を見ながら調整してください。
- 野菜は火が通りやすいように大きさを揃えて切ると良いでしょう。
- いしるは独特の香りが強いため、少量ずつ試しながら使うと、好みのバランスを見つけられます。
潮風が育む食材と入手方法
いしるの主原料は、能登近海で獲れるカタクチイワシやマイワシ、あるいはイカです。これらの魚介類を、能登の伝統的な塩と共に漬け込み発酵させます。特に、揚げ浜式塩田で作られる能登の塩が使われることもあり、それが独自の風味を生み出しています。
いしるは、能登地方の土産物店や道の駅などで直接購入できるほか、近年では全国の百貨店の銘産品コーナーや、インターネットのオンラインストアでも取り扱われることが増えています。「能登 いしる」などのキーワードで検索すると、複数の製造元の製品を見つけることができます。製造元によって原料や熟成期間が異なるため、いくつかの種類を試してみるのも良いでしょう。
能登で味わう、いしるの真髄
能登半島を訪れる機会があれば、ぜひ現地でいしるを使った料理を味わってみてください。輪島朝市周辺の飲食店や、能登の郷土料理を提供するお店で、いしる鍋やいしるを使った海鮮料理などを楽しむことができます。
- いしる鍋が名物の飲食店: 能登地域には、いしるをベースにした魚介鍋を提供するお店が複数あります。地元の人に尋ねてみるのも良いでしょう。
- 道の駅や直売所: 製造元が直接販売している場所もあり、試食ができる場合もあります。
- 製造元見学: 一部のいしる製造元では、予約をすれば蔵の見学を受け付けている場合があります。伝統的な製法や、発酵・熟成の様子を見学することで、いしるへの理解が深まります。
また、能登では季節ごとに様々な祭りが開催され、それに合わせていしるを使った料理が振る舞われることもあります。現地の観光情報なども参考に、訪れる時期のイベント情報を調べてみることをおすすめします。
復興への願いを醸す味
黄金色に輝くいしるを鍋に落とせば、たちまち潮の香りが立ち昇ります。魚介や野菜に絡まるいしるの旨味は、能登の海の豊かさと大地の恵みを感じさせます。それは、厳しい自然と共に生き、度重なる困難を乗り越えてきた能登の人々の営みそのものが凝縮された味と言えるでしょう。
いしるは、過去から現在、そして未来へと続く能登の歴史と文化を繋ぐ「復興の雫」です。この味を味わうことは、単に美味しいものを食べるだけでなく、能登の自然の力、人々の絆、そして未来への強い願いを感じることでもあります。ご自宅でいしるを使った料理を作ってみる、あるいは能登を訪れてその真髄を体験してみる。いずれの方法であっても、この特別な味覚を通して、能登の復興への道を少しでも感じていただければ幸いです。