能登の海が醸す、復興の滋味 いしり鍋に込められた想い
能登の海からの温もり、いしり鍋に集う復興の願い
石川県能登半島。美しい海岸線と豊かな里山が織りなすこの地で、古くから親しまれている食文化の一つに「いしり鍋」があります。いしりとは、イカの内臓を長期熟成させて作る、能登地方独特の魚醤であり、このいしりをベースにした鍋料理は、能登の人々の暮らしに深く根ざした温かい味覚です。
このいしり鍋は、単なる郷土料理の枠を超え、能登の地域が経験した幾多の困難、そしてそこからの復興の歩みと共に受け継がれてきました。特に近年発生した能登半島地震は、この地に甚大な被害をもたらしましたが、いしり鍋のように、地域の食文化を守り、分かち合うことは、人々の心を繋ぎ、未来へ進むための大きな力となっています。この鍋を囲む時間は、失われた日常を取り戻し、互いを励まし合う、復興の温もりそのものなのです。
いしり鍋に紡がれる物語と味わい
いしりを使った料理の歴史は古く、漁業が盛んな能登では、余すところなく海の恵みを活用するための知恵としていしりが生まれました。いしり鍋は、そのいしりをだし汁で割り、地元の新鮮な魚介類や旬の野菜をたっぷりと入れて煮込むシンプルな鍋料理です。
いしり特有の濃厚な旨味と香ばしさが、魚介や野菜の甘みを引き立て、深みのある味わいを生み出します。しょっぱさの中にもまろやかさがあり、一度食べると忘れられない滋味深い風味があります。家庭ごとに使う具材やいしりの量が異なり、それぞれの家の味が受け継がれているのも特徴です。特に寒い季節には、この温かい鍋が体だけでなく心をも温め、人々が集う食卓の中心となります。
自宅で再現する いしり鍋 レシピ(4人分)
能登のいしり鍋を、ぜひご家庭でもお試しください。
材料:
- いしり:大さじ3〜5(いしりの種類や濃さにより調整してください)
- 水:1000ml
- 昆布:10cm角 1枚
- お好みの魚介類:合計300〜400g(例:イカ 1杯、甘エビ 10尾、タラやカニの切り身など)
- お好みの野菜:適量(例:白菜 1/4株、ネギ 1〜2本、春菊 1/2束、きのこ類 1パック、豆腐 1丁、油揚げ 1枚)
- その他の具材:餅、つみれ、練り物などお好みで
作り方:
- 昆布は水に30分以上つけてだしを取ります。または、鍋に水と昆布を入れて弱火でゆっくり加熱し、沸騰直前に昆布を取り出します。
- 魚介類はそれぞれ下処理をします。イカはワタを取り除き、輪切りまたは短冊切りにします。エビは殻付きのままか、剥いて背ワタを取ります。魚の切り身は食べやすい大きさに切ります。
- 野菜は食べやすい大きさに切ります。白菜やネギは斜め切りに、きのこは石づきを取りほぐします。豆腐はさいの目に切ります。
- だし汁を鍋に入れ、いしりを加えて混ぜ合わせます。最初は控えめに入れ、味見をしながら調整してください。
- 硬い野菜(白菜の芯など)から鍋に入れ、煮えてきたらその他の野菜、豆腐、油揚げなどを加えます。
- 魚介類は火が通りすぎると硬くなるため、食べる直前に鍋に加えるか、野菜がある程度煮えてから加えます。
- 具材に火が通ったら完成です。熱々を召し上がってください。
調理のコツ
- いしりの量: いしりはメーカーによって塩分や風味が異なります。最初は分量の下限から試してみて、味見をしながら少しずつ加えていくのが失敗しないコツです。
- だし汁: 昆布だしだけでも美味しいですが、鰹節や煮干しでとった合わせだしを使っても良いでしょう。
- 魚介の鮮度: いしり鍋の美味しさは具材の鮮度に大きく左右されます。できるだけ新鮮な魚介類を使用してください。
- 締めの楽しみ方: 鍋を楽しんだ後は、残った汁にうどんやご飯を入れて煮込み、卵でとじて雑炊にすると、いしりの旨味を最後まで味わえます。
食材と入手方法
いしり鍋の主役であるいしりは、能登地方のスーパーやお土産物店で手に入ります。能登を離れていても、最近では多くのオンラインストアで購入が可能になりました。「いしり 魚醤 通販」などのキーワードで検索してみてください。いくつかのメーカーがあるので、少量ずつ試してお好みのいしりを見つけるのも楽しいかもしれません。
使用する魚介類や野菜は、地元のものが入手できれば最高ですが、手に入らない場合は近所のスーパーで手に入る旬の魚介(イカ、エビ、タラ、サケなど)や一般的な鍋野菜で美味しく作れます。重要なのは、新鮮なものを選ぶことです。
現地で味わう、能登のいしり鍋
能登を訪れた際には、ぜひ本場のいしり鍋を味わってみてください。輪島市や能登町など、能登各地の多くの飲食店でいしり鍋を提供しています。旅館や民宿でも、冬の献立として登場することがあります。
- 輪島市内の飲食店: 港に近いエリアを中心に、新鮮な魚介を使ったいしり鍋が自慢の店がいくつかあります。地元の人に尋ねてみるのも良いでしょう。
- いしるの蔵元: 一部のいしる製造元では、直売所を設けていたり、見学を受け付けていたりするところもあります(要事前確認)。いしるの製造過程を知ることで、より深くその味の背景を理解できます。
- 関連イベント: 冬には、能登の味覚をテーマにした食関連のイベントが開催されることがあります。いしり鍋が振る舞われたり、地元の特産品が販売されたりします。イベント情報は能登観光の情報サイトなどで確認できます。
厳しい状況の中でも、能登の人々はいしり鍋と共に、食文化を守り、地域を支えています。現地で味わう一杯は、その土地の歴史と人々の温かさを感じさせてくれることでしょう。
能登の温もりを食卓に
湯気の立ち上るいしり鍋を囲む食卓は、能登の厳しい冬の寒さを忘れさせる温かさで満たされます。いしりの香ばしい香りと、海の幸、山の幸が調和した滋味深い味わいは、能登の豊かな自然と人々の営みを映し出しているかのようです。それは、単なる食事ではなく、家族や友人が集い、語らい、絆を確かめ合う大切な時間です。
能登半島地震の後、この鍋を共に囲む時間は、不安を乗り越え、希望を見出すための心の支えともなっています。一つの鍋から生まれる温もりと笑顔は、復興への確かな一歩なのです。
未来へ繋ぐ、復興の味覚
能登のいしり鍋は、古くから受け継がれる伝統の味であり、同時に、能登の地域が復興への道を歩む中で、人々の心と体を支え、未来への希望を繋ぐ大切な味覚です。この深い味わいを通して、能登の歴史や文化、そして困難に立ち向かう人々の強さと温かさを感じていただければ幸いです。
ぜひ、ご自宅で能登のいしり鍋に挑戦してみてください。そして、もし機会があれば、能登を訪れ、現地の空気を感じながら、本場のいしり鍋を味わってみてください。きっと、その一杯から、能登の復興への力強い歩みと、温かい人々の想いを感じ取ることができるでしょう。