復興の味覚紀行

根っこまで味わう、復興の滋味 名取セリ鍋物語

Tags: 名取セリ鍋, 復興, 宮城県, 郷土料理, レシピ

根っこまで味わう、復興の滋味 名取セリ鍋物語

宮城県名取市。仙台市の南に位置するこの街には、冬が訪れると食卓に上る、特別な鍋料理があります。「セリ鍋」です。この鍋は、豊かな風味を持つセリを主役にしたシンプルな料理ですが、名取市の人々にとって、単なる冬の味覚以上の深い意味を持っています。それは、東日本大震災という未曽有の災害からの復興の道のり、そして失われた故郷を再生させようとする人々の強い意志と深く結びついた、「復興の味覚」でもあるのです。

故郷の風景と共に育まれた味

名取市、特に沿岸部の閖上(ゆりあげ)地区やその周辺は、肥沃な土地と豊富な地下水に恵まれ、古くから稲作と共にセリ栽培が盛んに行われてきました。名取のセリは、香りが高く、シャキシャキとした食感が特徴で、特に根っこまで食べられることで知られています。この根っこにこそ、セリ本来の旨味が凝縮されていると言われます。冬の寒い時期に、掘りたてのセリを根っこごと鍋にしていただくことは、この地域の家庭における変わらぬ冬の慣習でした。

しかし、2011年3月11日。巨大な津波は、この豊かな田園風景を一変させました。多くの水田が海水に浸かり、塩害によって農地は壊滅的な被害を受けました。セリ田も例外ではありませんでした。長年培われてきた栽培技術や設備、そして何よりもセリ農家の方々の暮らしそのものが、失われてしまったのです。

絶望的な状況の中でも、名取の人々は立ち止まりませんでした。塩害に侵された土地を元の肥沃な土壌に戻すための気の遠くなるような作業、栽培技術の改良、そして一度途絶えた販路の回復。セリ農家の方々は、不屈の精神でセリ栽培の再生に取り組みました。それは単に生計を立てるためだけでなく、故郷の誇りであるセリ田を復活させたいという強い想いがあったからです。

セリ鍋は、こうした復興への道のりの中で、再び地域の食卓に希望の灯をともしました。収穫できたセリを皆で分かち合い、共に鍋を囲む時間。それは、失われたものへの哀悼と共に、今ここにある命、そして未来への希望を分かち合う大切な時間となりました。セリ鍋は、名取の人々の絆と、故郷を再生させるという強い意志の象徴となっていったのです。

滋味あふれる名取セリ鍋の魅力と家庭での再現

名取のセリ鍋は、セリを根っこごと使うのが最大の特徴です。洗い立ての根っこには土の香りがわずかに残り、これがセリ本来の豊かな風味を引き立てます。具材はシンプルに、鴨肉や鶏肉、ネギ、豆腐、きのこ類などが一般的です。

ここでは、ご家庭でも名取のセリ鍋の味わいを楽しめる基本的なレシピをご紹介します。

材料(3〜4人分):

作り方:

  1. セリは根っこを丁寧に洗い、茎と葉の部分を5cm程度に切ります。根っこはよく洗ってそのまま使います。
  2. 鴨肉または鶏肉は一口大に切ります。豆腐は食べやすい大きさに切ります。長ネギは斜め薄切りにします。きのこは石づきを取りほぐします。油揚げは短冊切りにします。
  3. 鍋にAの出汁、醤油、みりんを合わせ、火にかけます。
  4. 煮立ったら鴨肉(または鶏肉)、長ネギ、豆腐、きのこ類、油揚げを加えます。
  5. 具材に火が通ったら、最後にセリの根っこ、茎、葉の順に加えます。
  6. セリがしんなりしたら火を止め、熱々をいただきます。セリは火を通しすぎると風味が飛んでしまうので、食べる直前に加えるのが美味しく仕上げるコツです。

調理のコツ:

食材の入手方法と現地の味覚体験

セリは、冬場の旬の時期(概ね11月下旬から3月頃)であれば、地元の直売所やスーパーマーケットで「名取セリ」として販売されていることがあります。地域外では、都市部の百貨店や高級スーパー、またはオンラインの産直サイトなどで見つけることができるかもしれません。もし名取セリが入手困難な場合は、一般的なセリでも美味しく作ることができます。根っこ付きの新鮮なセリを選んでください。鴨肉は、精肉店や一部のスーパーで手に入ります。

名取市を訪れる機会があれば、ぜひ現地の飲食店でセリ鍋を味わってみてください。名取駅周辺や、復興が進む閖上地区には、セリ鍋を提供するお店がいくつかあります。お店ごとにこだわりの出汁や具材があり、家庭で作るのとはまた違ったプロの味を楽しむことができます。冬の時期には、地域でセリに関連したイベントが開催されることもありますので、事前に情報を確認してみるのも良いでしょう。

温かい鍋を囲みながら、シャキシャキのセリと、根っこから広がる深い香りを味わう時間。それは、津波の被害を乗り越え、再び緑を取り戻した名取の土地の恵み、そして再生への道を歩む人々の情熱を五感で感じることのできる体験です。

復興の息吹を感じる一杯

名取のセリ鍋は、単なる美味しい郷土料理ではありません。それは、故郷の風景と共に一度は失われかけながらも、人々の弛まぬ努力によって再生を果たした、復興のシンボルです。鍋から立ち上る湯気、鮮やかな緑色のセリ、そして滋味深い味わいは、逆境に立ち向かい、未来を切り開いてきた名取の人々の強さと温かさを物語っています。

この味覚を通して、名取の復興の息吹を感じていただけたなら幸いです。ぜひご自宅でセリ鍋を作ってみてはいかがでしょうか。そして機会があれば、名取の地を訪れ、再生した美しい風景の中で、その本物の味を体験してみてください。根っこまでいただくセリのように、この土地の歴史と、未来への希望を深く感じ取ることができるはずです。