復興の味覚紀行

灘の酒粕に宿る、復興の温もり 灘五郷の粕汁物語

Tags: 灘五郷, 粕汁, 酒粕, 復興, 神戸, 郷土料理, 阪神淡路大震災

灘五郷に息づく、復興の味覚「粕汁」

兵庫県神戸市から西宮市にかけて広がる「灘五郷」は、古くから酒造りの名産地として知られています。良質な水と米、そして酒造りに適した気候風土に恵まれ、日本有数の酒どころとして栄えてきました。この地で生まれ、今もなお地域の人々に愛され続けている料理に「粕汁」があります。

粕汁は、酒造りの過程で生まれる酒粕を主原料とした汁物です。しかし、灘五郷の粕汁は、単なる郷土料理というだけではありません。1995年に発生した阪神・淡路大震災からの復興の過程で、この地の酒造業が味わった苦難と、そこから立ち上がった人々の強い意志、そして地域社会の絆を象徴する「復興の味覚」としての特別な意味合いを持っています。震災という未曽有の出来事を乗り越え、再び生み出されるようになった灘の酒粕は、まさに希望の恵みであり、その酒粕を使った温かい粕汁は、多くの人々の心と体を温め、未来への力を与えてくれたのです。

灘の酒粕が紡ぐ、復興の物語

灘五郷の酒造りは、江戸時代にまで遡る長い歴史を持っています。山田錦という酒米や、宮水と呼ばれる良質な地下水に恵まれ、辛口でしっかりとした味わいの「灘の生一本」として全国に名を馳せてきました。しかし、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は、この豊かな酒どころに壊滅的な被害をもたらしました。多くの酒蔵が倒壊し、貯蔵されていた酒や設備も失われ、酒造りは一時停止を余儀なくされました。

しかし、灘の酒蔵は諦めませんでした。困難な状況の中、地域の人々の支援も受けながら、文字通りゼロからの復興を目指しました。残ったわずかな設備をかき集め、倒壊した蔵を建て直し、再び酒造りを始めるまでの道のりは、想像を絶する苦労の連続でした。それでも、灘の酒造りを守りたい、この地の伝統を絶やしてはならないという強い想いが、彼らを突き動かしました。

数年の時を経て、灘五郷の酒造業は奇跡的な復興を遂げました。再び活気を取り戻した酒蔵から、以前と変わらぬ、いや、以前にも増して味わい深い日本酒が生まれ、そして、その過程で再び上質な酒粕が豊富に生産されるようになりました。

この灘の酒粕を使った粕汁は、震災後、被災した地域住民や復旧・復興に携わる人々にとって、特別な存在となりました。厳しい寒さの中で行われた作業の合間に、あるいは仮設住宅の小さな食卓で、温かい粕汁は疲れた体と凍てついた心を優しく包み込みました。「この酒粕は、蔵元さんが頑張って酒造りを再開してくれた証や」「温かいもん食べて、また明日も頑張ろう」。そんな声が交わされ、粕汁一杯に復興への願いと感謝、そして地域を支え合う絆が込められていたのです。

灘の酒粕は、山田錦を贅沢に使った酒や吟醸酒を造る過程で生まれるものが多く、芳醇な香りと深い旨味が特徴です。この高品質な酒粕を使うことで、灘五郷の粕汁は、まろやかで風味豊かな格別の味わいとなります。

ご自宅で再現する「灘五郷風 粕汁」のレシピ

灘五郷の復興の味、温かい粕汁をご自宅でもぜひお楽しみください。ここでは、灘の酒粕を使った基本的な粕汁のレシピをご紹介します。

材料(4人分)

作り方

  1. 下準備:

    • 豚肉は食べやすい大きさに切ります。
    • 大根、人参は皮をむき、いちょう切りまたは短冊切りにします。
    • 里芋は皮をむき、一口大に切って水にさらします。
    • こんにゃくはスプーンでちぎるか、手でちぎってアク抜きのためにさっと茹でておきます。
    • 油揚げは熱湯をかけて油抜きし、短冊切りにします。
    • 酒粕は、だし汁の一部(100ml程度)または水に溶かしてペースト状にしておきます。塊のままだと溶けにくいので、この工程を丁寧に行ってください。
  2. 具材を煮る:

    • 鍋にだし汁を入れ、大根、人参、里芋、こんにゃくを加えて火にかけます。
    • 野菜が柔らかくなってきたら、豚肉を加えてアクを取りながら煮ます。
    • 油揚げも加えます。
  3. 酒粕と味付け:

    • 具材に火が通ったら、(1)で溶かしておいた酒粕を鍋に加えます。焦げ付かないように、混ぜながら弱火で加熱します。
    • 全体が馴染んだら、味噌を溶き入れます。
    • 醤油を加え、味を見て塩で調整します。
  4. 仕上げ:

    • 煮込みすぎると風味が飛ぶため、酒粕を加えたら沸騰させすぎないように温めます。
    • 器に注ぎ、お好みで小口切りにしたねぎを散らして完成です。

調理のコツ

使用する食材と入手方法

灘五郷の粕汁に欠かせないのは、やはり灘の酒粕です。吟醸粕など、高品質な酒粕を使うと、より一層風味豊かな粕汁になります。

現地で味わう、体験する

灘五郷を訪れ、復興を遂げた酒蔵の雰囲気を感じながら、温かい粕汁を味わうのもおすすめです。

復興と共に醸される、豊かな味わい

出来上がった粕汁は、乳白色でとろりとしており、湯気と共に立ち上る酒粕の芳醇な香りが食欲をそそります。一口含むと、酒粕特有のまろやかな甘みとコク、具材から染み出ただし汁の旨味が口いっぱいに広がります。大根や人参、里芋は柔らかく煮込まれ、豚肉の旨味と油揚げのコクが加わり、深みのある味わいを生み出しています。冬の寒い日、体が芯から温まるような、優しくも力強い一杯です。

この一杯は、単なる温かい汁物ではありません。阪神・淡路大震災という大きな災害を乗り越え、地域の人々が協力し、支え合いながら灘の酒造業を復興させた歴史、そしてその努力の結晶である酒粕が再び生み出される喜びが込められています。復興した酒蔵が立ち並ぶ灘五郷の町並みを思い浮かべながら、温かい粕汁をいただく時間は、格別のものです。

結びに

灘五郷の粕汁は、長い歴史を持つ地域の食文化が、未曽有の災害からの復興という困難な道のりを経て、より一層深い意味を持つようになった特別な料理です。灘の酒造業の復活は、地域全体の復興を象徴しており、そこで生まれる酒粕は希望の恵みと言えるでしょう。

この温かい一杯を味わうことで、灘五郷の人々がどれほどの苦労を乗り越え、どれほど強い絆で結ばれているのかを感じ取っていただけるはずです。ぜひ、この記事を参考に、ご自宅で灘の酒粕を使った粕汁作りに挑戦してみてください。そしてもし機会があれば、復興を遂げた灘五郷を訪れ、その歴史と文化に触れながら、現地の粕汁を味わってみてください。温かい粕汁が、皆様の心にもきっと温もりと勇気を届けてくれることでしょう。