復興の味覚紀行

山里の囲炉裏端で味わう、復興のひらら焼き物語

Tags: 祖谷, ひらら焼き, 郷土料理, 復興, 徳島, 囲炉裏, 山里

徳島県の山間部、深い渓谷に囲まれた祖谷地方。平家の落人伝説が息づくこの秘境には、古くから伝わる独特の食文化があります。その一つが、「ひらら焼き」です。大きな平たい石を熱し、その上で串に刺した川魚や地元の野菜、豆腐などに味噌を塗って焼く素朴ながらも味わい深い料理です。

このひらら焼きは、単なる山の幸を活かした郷土料理ではありません。祖谷地方が直面してきた厳しい自然環境や、近年進行する過疎化、そして度重なる自然災害(特に集中豪雨による土砂災害など)からの再生を目指す過程で、地域の人々を結びつけ、希望を灯してきた「復興の味覚」としての側面を持っています。囲炉裏を囲み、共に火を扱うことで生まれる絆は、困難な状況を乗り越えるための力強い支えとなってきました。

秘境の恵みと復興への想い:ひらら焼きの背景

祖谷地方は険しい山々に囲まれ、平地が極めて少ない地形です。このため、稲作よりも畑作や川での漁労が人々の暮らしを支えてきました。ひらら焼きは、まさにこの地の恵みを最大限に活かす知恵から生まれました。石を調理器具として使うという原始的な手法は、電気やガスが十分に普及していなかった時代からの名残であり、また、囲炉裏という共同の火を囲む文化と深く結びついています。

近年、祖谷地方は過疎化と高齢化が進み、地域の活力を維持することが大きな課題となっています。また、局地的な豪雨による河川の氾濫や土砂崩れは、時に住民の生活基盤を脅かします。このような状況下で、ひらら焼きは単なる食の伝統を守るだけでなく、地域コミュニティの維持・再生、そして交流人口の増加を目指す取り組みの中心に位置づけられています。観光客がひらら焼き体験を通して地域の人々と触れ合う機会を設けることは、文化の継承者である地元住民に誇りを与え、地域経済の活性化にも繋がっています。かつて日常の食事であったひらら焼きが、今、地域の絆を再確認し、未来へと繋ぐための大切なツールとなっているのです。

自宅で再現する「ひらら焼き」の味わい

祖谷の囲炉裏端で味わうひらら焼きの雰囲気は格別ですが、その基本的な調理法は自宅でも再現可能です。ただし、本格的な「石焼き」は難しいため、今回はホットプレートやフライパンを使った方法をご紹介します。

材料(2~3人分):

作り方:

  1. 魚は内臓を取り除き、串に刺します。野菜は火の通りやすい大きさに切ります。豆腐とこんにゃくも適当な大きさに切ります。
  2. 味噌ダレの材料を全て混ぜ合わせます。
  3. ホットプレートを200℃程度に予熱します。フライパンを使う場合は中火で熱します。
  4. ホットプレートまたはフライパンに薄く油をひきます(本来は石を使うため油は不要ですが、焦げ付き防止のため少量使用します)。
  5. 串に刺した魚や野菜、豆腐、こんにゃくを並べ、焼き色がつくまで両面を焼きます。
  6. 焼き色がついたら、刷毛などで味噌ダレを全体に塗ります。
  7. 味噌が焦げ付かないように注意しながら、香ばしい香りがしてくるまでさらに焼きます。
  8. 器に盛り付けて完成です。

調理のコツ:

食材の魅力と入手方法

ひらら焼きに使用される主要な食材は、祖谷の自然の恵みです。川魚は、清流で育まれた鮎やアマゴなどが一般的です。これらの新鮮な川魚は、祖谷地方の直売所や一部のオンラインショップで旬の時期に入手可能です。地域によっては、川魚専門の鮮魚店でも手に入る場合があります。

「岩豆腐」と呼ばれる祖谷地方独特の固い豆腐も重要な要素です。非常に水気が少なく、しっかりとした食感が特徴で、焼いても崩れにくいのが特徴です。これは主に現地で生産・販売されており、お取り寄せが可能な店舗もありますが、一般的なスーパーでは入手が難しいことが多いです。手に入らない場合は、しっかりと水切りした木綿豆腐で代用してください。

味噌は、地元の手作り味噌が使われることが多いですが、甘めの麦味噌や、米味噌と麦味噌を合わせた合わせ味噌でも美味しく作れます。地元の味噌は、道の駅や特産品を扱うオンラインストアで見つけることができます。

現地で味わう、祖谷ひらら焼き体験

祖谷地方を訪れる機会があれば、ぜひ現地の囲炉裏端でひらら焼きを味わってみてください。単に料理を食べるだけでなく、地域の空気や人々の温かさに触れることができる貴重な体験となるでしょう。

ひらら焼きを提供しているのは、かずら橋周辺の観光施設内の食事処、地元の民宿や旅館、古民家を改装したレストランなどがあります。中には、自分で焼いて楽しむ体験型の施設もあります。例えば、「道の駅大歩危」や「かずら橋夢舞台」といった主要な観光拠点周辺には、ひらら焼きを味わえるお店がいくつか存在します。事前に予約が必要な場合もありますので、訪れる際は確認をおすすめします。

また、祖谷地方の秋祭りや地域のイベントなどでは、しばしばひらら焼きが振る舞われたり、販売されたりすることがあります。このような機会に訪れると、地域の人々の暮らしや文化にさらに深く触れることができるでしょう。

囲炉裏の火の揺らめきを眺めながら、焼き立てのひらら焼きを頬張るひとときは、五感を通して祖谷の自然と歴史、そして復興への想いを感じさせてくれます。香ばしい味噌の香り、外はカリッと中はふっくら焼けた魚や野菜、そして囲炉裏端に集う人々の笑顔。それは、単なる食事ではなく、地域が守り、育んできた文化そのものです。

結びに

徳島県祖谷地方のひらら焼きは、厳しい自然の中で育まれた知恵と、過疎や災害といった困難に立ち向かう人々の強い意志が生んだ「復興の味覚」です。素朴ながらも深い味わいを持つこの料理には、地域の歴史、人々の絆、そして未来への希望が詰まっています。

この記事をきっかけに、ぜひご自宅でひらら焼きを再現してみてください。そしてもし機会があれば、実際に祖谷地方を訪れ、囲炉裏の火を囲んでこの温かい味覚を体験していただけたら嬉しく思います。この一皿が、遠く離れた秘境の地で静かに紡がれている復興の物語に、少しでも思いを馳せるきっかけとなれば幸いです。