ふるさとの大地と共に 岩手田老タロいも汁に紡がれる復興
津波を越え、大地に根差す希望の味 岩手県田老地区のタロいも汁
岩手県宮古市田老地区。かつて「万里の長城」と呼ばれる巨大な防潮堤に守られていたこの地は、東日本大震災の津波により甚大な被害を受けました。しかし、人々は故郷を離れることなく、復興への歩みを進めています。その歩みと共に大切にされてきた味覚の一つが、地元で古くから愛されてきた郷土料理、「タロいも汁」です。
タロいも汁は、この地域で栽培される在来種の里芋、「タロいも」を主役にした味噌仕立ての汁物です。単なる温かい一杯の汁物ではなく、それは津波で全てを失った大地から再び芽吹き、地域の人々を結びつけ、未来への希望を育んできた「復興の味覚」として、特別な意味を持っています。この記事では、タロいも汁がどのように災害を乗り越え、田老地区の暮らしと復興に寄り添ってきたのかを深掘りし、その味わいを自宅で再現するためのレシピや、現地でこの味に出会う方法をご紹介します。
災害と共に歩んだタロいもと人々の物語
田老地区は、過去にも幾度となく津波の脅威にさらされてきました。その歴史の中で、人々は暮らしを守る術を学び、自然と共に生きる知恵を育んできました。タロいもは、そうした知恵の中で大切にされてきた作物のひとつです。他の里芋に比べて粘りが強く、独特の風味とホクホクとした食感が特徴のタロいもは、かつては各家庭で栽培され、保存食としても重宝されていました。
しかし、2011年3月11日、東日本大震災の津波は、強固な防潮堤をも越え、集落と畑を飲み込みました。タロいも畑も例外なく流され、多くの農地が塩害に侵されました。一時は「もうタロいもは作れないのではないか」という声も上がりました。
しかし、地域の人々は諦めませんでした。奇跡的に残っていた少量の種芋や、津波を逃れて一時的に疎開した先で保管されていたタロいもを持ち寄り、再びタロいもを育て始める決意を固めたのです。塩害対策としての土壌改良、人手不足、高齢化といった多くの課題に直面しながらも、地域内外からの支援も受け、少しずつタロいもの栽培は再開されていきました。
タロいもを再び育てることは、単に作物を栽培する以上の意味を持っていました。それは、失われた故郷の風景を取り戻し、地域の人々が共に汗を流し、語り合う場を再生することでした。収穫されたタロいもを使ったタロいも汁は、復旧作業で疲れた体を温め、人々が絆を確かめ合う大切な食卓の中心となりました。「この味だ」「また一緒にタロいも汁を食べられる日が来た」――そんな言葉が交わされ、タロいも汁は、まさに田老の「ふるさとの味」、そして復興の象徴となっていったのです。
田老の恵みを味わう タロいも汁レシピ
タロいも汁は、地域や家庭によって使う具材や味付けに多少の違いがありますが、ここでは基本的なレシピをご紹介します。タロいも特有の風味と食感を活かすのがポイントです。
材料(4人分):
- タロいも(または里芋): 5〜6個(大きさに応じて)
- 鶏もも肉: 150g
- お好みのきのこ(しめじ、舞茸など): 100g
- にんじん: 1/2本
- ごぼう: 1/3本
- こんにゃく: 1/2枚
- 油揚げ: 1枚
- だし汁(かつお昆布だしなど): 800ml
- 味噌: 大さじ3〜4(お好みで調整)
- 酒: 大さじ1
- みりん: 大さじ1
- 醤油: 小さじ1
- お好みで、ねぎや三つ葉(小口切り): 適量
作り方:
- タロいも(または里芋)の下準備: タロいもは皮をむき、一口大に切ります。塩を少量(分量外)もみ込んでぬめりを取り、水で洗い流します。鍋にタロいもとタロいもが浸るくらいの水を入れて火にかけ、沸騰したら中火で5分ほど下茹でし、アクをしっかり取ります。ザルにあけて湯を切ります。
- 他の具材の下準備: 鶏もも肉は一口大に切ります。きのこは石づきを取り、ほぐすか切ります。にんじんは乱切りまたは半月切りに、ごぼうはささがきにして水にさらしアクを抜きます。こんにゃくは手でちぎるか、一口大に切って下茹でします。油揚げは油抜きをして短冊切りにします。
- 煮込む: 鍋にだし汁を入れ、鶏肉、にんじん、ごぼう、こんにゃくを加えて火にかけます。沸騰したらアクを取り、中火で野菜が柔らかくなるまで10〜15分煮ます。
- タロいもときのこを加える: (1)で下茹でしたタロいもと、きのこ、油揚げを加えます。再び沸騰したらアクを取り、タロいもが柔らかくなるまでさらに10分ほど煮込みます。タロいもは煮崩れしやすいので、優しく扱います。
- 味付け: 酒、みりん、醤油を加えます。味噌を溶き入れ、味を見ながら調整します。味噌を加えてからは煮立たせすぎないように、弱火で全体に味をなじませます。
- 仕上げ: 器に盛り付け、お好みで小口切りにしたねぎや三つ葉を散らして完成です。
調理のコツ:
- タロいもの下茹で: タロいも独特のぬめりをしっかり取ることで、舌触りがよくなり、汁にとろみがつきすぎません。塩もみと下茹での両方を行うのがおすすめです。
- 煮崩れを防ぐ: タロいもは柔らかくなりやすいので、煮込みすぎに注意が必要です。下茹でしてから加えることで、煮込み時間を短縮できます。他の根菜類が柔らかくなってからタロいもを加えると、より煮崩れを防げます。
- 風味を活かす: タロいもそのものの風味を楽しむため、だしの味を大切にし、味噌の量は控えめから調整するのが良いでしょう。
食材と入手方法
タロいも汁の主役であるタロいもは、岩手県宮古市田老地区で栽培されている在来種の里芋です。独特の風味と粘り、ホクホク感が特徴ですが、栽培量が限られているため、地域外での入手は難しい場合があります。
- 入手方法: 田老地区の道の駅「たろう」の直売所や、地元の産直施設などで収穫時期(概ね秋頃)に販売されることがあります。また、地域のイベントで販売される場合もあります。最近では、数量限定でオンライン販売を行う農家や団体もあるようですが、常に手に入るとは限りません。
- 代替食材: タロいもが手に入らない場合は、一般的な里芋で代用することも可能です。ただし、里芋ではタロいも独特の風味や強い粘りは再現できないことをご了承ください。レシピのコツを参考に、里芋のぬめりをしっかり取って調理してください。
- その他の具材: 鶏肉、きのこ、根菜類、こんにゃく、油揚げなど、他の具材は一般的なスーパーマーケットで入手可能です。だし汁は市販のものや、かつお節と昆布から丁寧に取るなど、お好みでご準備ください。
現地で味わう復興の味
田老地区を訪れる機会があれば、ぜひ現地でタロいも汁を味わってみてください。作り手それぞれの個性や、地域の温かい雰囲気を肌で感じることができます。
- 味わえる場所:
- 道の駅たろう: 道の駅内の食堂や軽食コーナーで提供されることがあります。また、直売所では旬の時期にタロいもそのものを購入できる可能性があります。
- 地元の食堂や居酒屋: 田老地区内の飲食店で、季節限定や日替わりメニューとしてタロいも汁を提供しているお店があるかもしれません。事前に問い合わせてみるのも良いでしょう。
- 地域のイベント: 秋の収穫祭など、タロいもに関連するイベントが開催される際には、できたてのタロいも汁が振る舞われたり、販売されたりすることがあります。
- 体験施設: 現在、タロいも汁作りを体験できる常設の施設は少ないようですが、地域の団体などが企画する農業体験や料理教室の中で、タロいもに触れる機会があるかもしれません。最新情報は宮古市や田老地区の観光情報サイトなどで確認することをおすすめします。
復興が進む田老の風景を眺めながら、温かいタロいも汁をいただくひとときは、この地が歩んできた困難と、そこから立ち上がった人々の力強さを感じさせてくれることでしょう。
故郷の味覚に未来への希望をのせて
岩手県宮古市田老地区のタロいも汁は、単なる郷土料理ではありません。それは、東日本大震災の津波によって全てを失った大地から、人々の手によって再び蘇った、希望の味覚です。タロいもの栽培を再開し、タロいも汁を作り続けることは、地域の人々にとって、故郷との繋がりを確かめ、共に未来を築いていくための大切な営みです。
この一杯の汁物には、厳しい自然と共に生きてきた歴史、災害を乗り越えようとする不屈の精神、そして地域の人々が互いに支え合い、未来へ想いを紡いでいく温かい絆が込められています。
ぜひ、この記事のレシピを参考に、ご家庭でタロいも汁作りに挑戦してみてください。そして、もし機会があれば、復興が進む田老の地を訪れ、人々と触れ合い、タロいも汁を味わってみてください。その一杯から、この地域が歩んできた復興の道のりを感じ取っていただけるはずです。